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福井地方裁判所 昭和33年(ワ)53号 判決 1961年4月10日

原告 福井県輸出織物協同組合

被告 株式会社中健商店 参加人 盛田泰三

主文

原告の請求を棄却する。

原告及び被告は、いずれも、別紙目録記載の物件の所有権が参加人に存することを確認する。

訴訟費用中、原告と被告との間に生じた部分及び原告と参加人との間に生じた部分は、いずれも、原告の負担とし、被告と参加人との間に生じた部分は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し別紙目録記載の物件(以下、単に、本件撚糸機という。)の引渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、参加人の請求に対し「参加人の請求を棄却する。参加による訴訟費用は参加人の負担とする。」との判決を求めた。

被告訴訟代理人は、原告の請求に対し、「原告の請求を棄却する。」との判決を、参加人の請求に対し参加人の請求認容の判決を求めた。

参加人訴訟代理人は、主文第一、二項同旨及び「参加による訴訟費用は、原被告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告の主張)

原告訴訟代理人は、請求原因として

(一)  原告は、昭和二十七年五月二日訴外芙蓉絹織工芸株式会社(以下、単に、芙蓉絹織という。)との間に、左記の如き契約を締結した。

左記

(1)  芙蓉絹織が、原告に対して負担する借受金債務金七十万五千円(内訳(イ)金三十二万五千四百円弁済期同年五月二十五日、(ロ)金三十七万九千六百円弁済期同年六月二十八日)の履行を確保するため、芙蓉絹織は、同人所有にかかる本件撚糸機外七点(右七点は、同一機種の撚糸機)を、原告に対し信託的に売り渡すこと

(2)  右撚糸機の所有権は、内外ともに、原告に移転するものとし芙蓉絹織が右債務を履行しないときは、原告において随意処分し、これを以て弁済に充当し得ること

(3)  原告は、右撚糸織を芙蓉絹織に無償で貸与するも、同会社は原告の承諾なくしてこれを第三者に使用収益させないこと

(4)  芙蓉絹織において、前記各約定に違反したとき及び債務不履行の場合には、催告その他の手続を要しないで、当然、使用貸借は解除され、右撚糸機の全部又は一部を、即時、原告に返還すること

そして、原告は、右契約に基き芙蓉絹織から、同会社工場内において、本件撚糸機外七点を現実に引渡を受けた(なお、右引渡の事務に当つたのは、原告側からは、原告の事務担当者田島一郎及び訴外青木政秋の両名である。)

(二)  ところが、芙蓉絹織は、前記債務を返済しなかつたのみか、その後、却つて、債務は漸増する一方で、任意弁済の目途が立たなくなつたので、昭和三十二年十二月二十五日原告と芙蓉絹織との間において、前記撚糸機に関する使用貸借を解除し、芙蓉絹織は、右債務の弁済に充当するため右撚糸機全部を原告に引き渡す旨の和解をなし、これに基き、同会社は、本件撚糸機を除くその余の撚糸機七台の引渡を了した。しかるに、本件撚糸機のみは、被告が、芙蓉絹織からこれを賃借したと称して占有中であつたため、その引渡を得られなかつたのである。

しかしながら、原告は、右の如き賃貸借を承諾したことはないのであるから、ここに、被告に対し、所有権に基きこれが引渡を求める為本訴に及ぶ。

と陳述し

参加人の参加の理由に対し

(三)  参加人主張事実中、本件撚糸機が、もと、株式会社中山製作所(以下、単に、中山製作所という。)の所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。特に、中山製作所と芙蓉絹織との間の売買契約中には、参加人主張の如く所有権留保の特約が存したとは、とうてい、考えられないのである。すなわち一般に、売買契約における所有権留保の特約は、例外的な約定であり、それだけに、このような特約は、後日の紛議を避けるため、契約書中に厳格に規定するのを常とする。しかるに、本件においては、この点につき特段の証拠はなく、むしろ、契約書中には、所有権留保の特約が記載されていないかに窺われるのである。

(四)  仮に、しからずとするも、原告は、芙蓉絹織との間に締結した前叙契約に基き、同会社から本件撚糸機の引渡を受けたものであるから、仮令、芙蓉絹織が無権利者であつたとしても、原告は、同日、平穏公然、かつ、善意無過失に本件撚糸機に対する占有を開始したことが明白である以上、原告は、民法第百九十二条に基き、即時、本件撚糸機の所有権を取得したものというべきである。

(五)  のみならず、参加人において、中山製作所から本件撚糸機の所有権を取得したとしても、参加人は、対抗要件たる引渡を受けていないから、右所有権を以て、原告に対抗することはできないのである。参加人は、この点につき、中山製作所から、指図による占有移転を受けた旨主張するが、当時における本件撚糸機は被告においてこれを占有するところであつたから、譲渡人たる中山製作所は、すべからく、右通知を、被告に対し発すべきであつたのである。しかるに、中山製作所は、当時においてすでに、その占有を喪失していた芙蓉絹織に対してのみ右通知をしたにすぎないことは、参加人自ら主張するところであるから、右通知を以てしては、所謂、指図による占有移転の効力を生ずるに由なきところである(参加人主張の如く、芙蓉絹織は間接占有を有していたとしても、指図による占有移転の通知は直接占有者たる被告に対してなさるべきものである。)。されば、この点においても、参加人の請求は、理由がない。

(被告の主張)

被告訴訟代理人は、

(一)  原告の請求原因に対する答弁として、原告主張事実中、被告が芙蓉絹織から本件撚糸機を賃借していることは認めるが、その余の原告主張事項は争う。本件撚糸織は、芙蓉絹織の所有ではなかつたから、同会社から、これを譲り受けたとする原告は、その所有権を取得するすべなかりしものである。

また、原告が、芙蓉絹織から取得した本件撚糸織に対する占有は、所謂、占有改定による引渡であるから、原告は、即時取得の効果を享受することはできないのである。

(二)  参加人の参加理由に対する答弁として、参加人主張事実は、すべて認める。

と述べた。

(参加人の主張)

参加人訴訟代理人は、

原告の請求原因に対する答弁として、原告主張事実は、すべて争うと述べ

参加請求の理由として

(一)  本件撚糸機は、もと、訴外株式会社中山製作所の所有であつたところ、参加人は、中山製作所から、これが譲渡を受けてその所有権を取得したものである。すなわち、

(1)  中山製作所は、本件撚糸機外七台を製作のうえ、これを、昭和二十七年三月二十五日芙蓉絹織に対し代金三百二十五万円で売り渡したが、その際、当事者間には、買主において右代金全額を完済するまでは、右物件の所有権を移転しない旨の所有権留保の特約が存したのである。

(2)  しかるに、芙蓉絹織は、右代金のうち金二百五十二万七千円を支払つたのみで、残代金七十二万三千円は、中山製作所からの再三の請求にも拘らず、未払のままとなつていた。

(3)  しかるところ、参加人は、昭和三十三年二月十四日中山製作所から、前記残債権金七十二万三千円及び本件撚糸機外七台の譲渡を受けて右物件の所有権を取得し、中山製作所は、同年二月二十八日附内容証明郵便を以て芙蓉絹織に対し、爾後該物件を参加人のため保管するよう通知し、右は、その頃、芙蓉絹織に到達した。

(二)  以上の如く、参加人は、中山製作所から、本件撚糸機の譲渡を受けてその所有権を取得したものであり、芙蓉絹織が本件物件の所有権を取得した事実はないのである。従つて、同会社からこれを買い受けたとする原告が、その所有権を取得し得る筈はないにも拘らず、原告は、その所有権を取得したとして、これに基き、被告に対し本件撚糸機の引渡を求めているのである。そして、被告は、原告と相通じ、原告の意に盲従する懸念が存するので、ここに、参加人は、本件訴訟に参加し、原被告に対し、いずれも、本件撚糸機の所有権が参加人に存することの確認を求める。

(三)  なお、昭和三十三年二月当時、本件撚糸機の直接占有者は被告であつたが、被告は、芙蓉絹織の代理人として占有していたのであるから、同会社が間接占有を有していたこと勿論である。従つて、中山製作所としては、前叙の如く芙蓉絹織に対して指図による占有移転の通知をしたものである。

と述べた。

第三証拠

原告訴訟代理人は、甲第一、第二号証を提出し、証人清水誠及び加納照男の各証言を援用し、乙第一号証の成立は認める、丙第一、第三号証の各成立は知らない、丙第二号証の一、二は、いずれも、郵便官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は、乙第一号証を提出し、証人中山共三の証言を援用し、甲、丙各号証の成立は、いずれも認めると述べた。

参加人訴訟代理人は、丙第一号証、第二号証の一、二、第三号証を提出し、参加人本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立は認めると述べ、乙第一号証について認否をしなかつた。

理由

第一原告の請求の当否について

(一)  先ず、本件撚糸機が、中山製作所の製作したものであることは当事者間に争がない。

(二)  しかるところ、原告は、芙容絹織からこれを信託的に買い受けてその所有権を取得した旨主張するから、以下、この点について考察する。

(1)  証人中山共三及び原告本人の供述によつて真正に成立したことを認め得る丙第一、第三号証、いずれも、郵便官署作成部分については成立に争なく、その余の部分については、当裁判所が真正に成立したものと認める丙第二号証の一、二と、証人中山共三の証言及び参加人本人の供述を綜合すると、中山製作所は、昭和二十七年三月頃本件撚糸機を含め合計十三台の撚糸機、繰返機三台、シリンダー、ボビン各三千六百個、モーター十三台を代金合計三百二十五万円(右代金は、契約時に金五十万円を、残金は、機械の納入後毎月金二、三十万宛支払うべき約定)で売り渡した事実を肯認し得るのであり、他に、これを覆すに足る証拠はない。

(2)  ところで、参加人は、右売買契約中には、買主芙蓉絹織において代金全額を完済するまでは、売主中山製作所においてその所有権を留保する旨の特約が存した旨主張するので、この点について考察するに、前掲各証拠によれば、優に、このことを認め得るのであり、証人清水誠同加納照男の各証言を以てしては、とうてい、右認定を覆すに足らず、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。尤も、前記丙第一号証は、昭和三十年十二月二十日頃参加人の求めによつて芙蓉絹織代表者加藤正義の作成した書面にすぎず、右契約時に作成された契約書は、本件において提出されていないので、右契約書中に、果して、右所有権留保特約が明記されていたかどうかは、必ずしも、さだかではないのである。しかしながら、右代金の支払方法が、毎月金二、三十万円宛の割賦返済の定めとなつていること、一般に、織機等の機械販売においては、分割代金全額の完済までは、売主において所有権を留保するのが通例と認められること等の事実に徴するときは、右事実は、未だ、以て、前記認定を覆すの資料とはなし難い。

(3)  しかるところ、前掲各証拠によれば、芙蓉絹織は、中山製作所に対し昭和二十八年頃以降の分割金の支払をせず、結局、昭和三十三年二月当時において残代金七十二万三千円が未払であつた事実を認定することができるのである。

(4)  以上認定の如きとすれば、昭和二十七年五月二日当時においては、本件撚糸機の所有権は、未だ、芙蓉絹織に移転せず、依然、中山製作所の許に存したものと断定して憚らない。されば、原告が、同日、芙蓉絹織から本件撚糸機を、その主張の如くして信託的に譲渡を受けたことは、原告提出援用にかかる証拠に徴し、これを肯認するに吝かではないが、芙蓉絹織が、その所有権を有しなかつたこと前叙のとおりである以上、右によつては、原告もその所有権を取得し得ないこと勿論である。

(三)  次に、原告は、昭和二十七年五月二日本件撚糸機を即時取得した旨主張するから、この点につき判断する。

原告が、同日、芙蓉絹織から本件撚糸機を信託的に買い受けたこと及び同会社は、当時該物件の所有権を有しなかつたことはさきに、認定したところである。そして、本件で顕われた前掲各証拠を綜合すれば、当時、芙蓉絹織は、直接、本件撚糸機を占有していたこと、原告が、これを買い受けるに当つては、本件撚糸機は、芙蓉絹織の所有に属するものと信じており、かつかく信ずるにつき過失のなかつたこと及び原告が芙蓉絹織から本件撚糸機の引渡を受けたのは、所謂、占有改定の方法によつた事実を認めることができるのであり、他に、これを覆すに足る証拠はない(原告は、右引渡は現実の引渡である旨主張するが、原告提出の甲第一、第二号証及び証人田島一郎の証言によるも、明かに、右は、占有改定による引渡であると認めるのほかはない)。

ところで民法第百九十二条に所謂即時取得の必要要件たる占有の取得とは、善意取得者において現実占有を取得した場合を指称するものであり、一般の外観上、従来の所持者が依然占有を継続し、単なる観念的占有移転の方法に過ぎない占有改定による占有の取得は、これに該当しないものと解すべきである。されば、原告が、同日芙蓉絹織から平穏公然、かつ、善意無過失に本件撚糸機を買い受け、占有改定によつてその引渡を受けたとしても、右引渡によつては、原告は、未だ、本件撚糸機の所有権を即時取得したものとすることはできないのである。

(四)  叙上の次第であるから、原告は、本件撚糸機の所有権を取得したものとは認め難く、従つて、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

第二参加人の請求の当否について

(一)  本件撚糸機が、もと、中山製作所の所有に属したところ、同会社は、これを昭和二十七年三月頃所有権留保の特約の下に、代金三百二十五万円で、芙蓉絹織に売り渡したこと及び同会社は内金七十二万三千円を支払わず、ために、昭和三十二年二月頃においては、本件撚糸機は、依然、中山製作所の所有であつたことは、さきに、述べたとおりである。

(二)(1)ところで、前記丙号各証と、証人中山共三の証言及び参加人本人の供述を綜合すると、中山製作所は、昭和三十三年二月頃参加人に対し負担していたボビンの買掛代金債務の支払に換えて、参加人に対し本件撚糸機を譲渡し、参加人の承諾の下に同月二十八日附内容証明郵便を以て、芙蓉絹織に対し、右譲渡の事実及び爾後本件撚糸機を参加人のために保管占有すべき旨の通知を発した事実を認めるに足り、他に、これを覆すに足りる証拠はない(そして、右通知は、他に、特段の事情なき限り、同年三月上旬頃には、芙蓉絹織に到達したものと認めるのが相当である)。

(2)  そこで、中山製作所のした右指図による占有移転の効力について考察する。

先ず、右通知の当時、本件撚糸機を直接占有していた者は、芙蓉絹織ではなくて被告であつたことは、当事者間に争がないから、右の如く直接占有者に非ざる芙蓉絹織に対しなされた通知の効力については、一応、問題にする余地がないでもない。しかしながら、本件撚糸機は中山製作所の所有たること及びこれを芙蓉絹織が、第一で叙述したような経緯で保管していたことは、すでに、縷々述べたとおりであるから、中山製作所は、芙蓉絹織を代理人として、本件撚糸機を占有していたものというべきところ、被告が本件撚糸機の占有を取得するに至つたのは、芙蓉絹織からこれを賃借したことに由来するものと認められるのであるから、このような場合、本件撚糸機に対する占有代理関係は重畳して成立しているものと解するのが相当であり、従つて、中山製作所は、依然、本件撚糸機に対する占者を保持しているものとみるべきである、すなわち、中山製作所は、芙蓉絹織が被告を代理人として本件撚糸機の上に取得した占有を、芙蓉絹織を介して保持しているものと断ずべきであるから、かかる場合、本人たる中山が、占有物を指図による占有移転の方法によつて譲渡するには、自己の占有代理人たりし芙蓉絹織に対する通知を以て足るものと解するのが相当である。このことは、所謂指図による占有移転なるものが、本人と代理人との間の代理占有関係をそのまゝ存続せしめ、現物を移転させることなくして、単に占有移転の合意のみで、本人の有する間接占有を第三者に譲渡するものであること、換言すれば、右観念的占有の単なる移転という性質を高度に具有している点からしても、前叙の如く解することが妥当であると思料されるのである。

(3)  されば、中山のした前記通知は有効であり、これによつて、参加人は、本件撚糸機の所有権を完全に取得したものと断定すべきである。

(三)  上来説示のとおりであるから、原告及び被告に対して、本件撚糸機の所有権が参加人に存することの確認を求める参加人の請求は、理由があるものといわねばならない。

第三結論

よつて、原告の請求は、失当として棄却すべく、参加人の請求は、正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十四条第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 神谷敏夫 可知鴻平 川村フク子)

目録

中山式鉄製撚糸機百九十二錘 六台

但し、福井県坂井郡三国町中元三の乙地上所在の芙蓉絹織工芸株式会社所有工場内に収容されあるもの

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